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研修会 講演「お願い〜60年間の教師生活を振り返って」
講師 神永 守
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研修会講演
 あいさつには相手を励ますと言う意味がある。日本人の我々はあいさつを一杯持っていて、あいさつを大事にしています。お隣の中国もそうです。  
 『nihao』は皆さんもご存知でしょう。けれど、私が中国にいた頃『chi‐warama!』『飯食ったか!』という挨拶がありました。今の日本人からは怒られてしまうでしょう。  
 当時の中国では、北から南から食糧を奪われ生きていくのが大変だった。『食べる』というのが大変だった。ですから、あいさつに飯を食うということが非常に大切だったのです。  
 何年か前、研修でヨーロッパに行ったときに、フランス、イギリスでもあいさつを教わりましたが、日本ほどあいさつの多い国はない!つまり、言葉を大切にするのだなと思います。  
 こんなことを先ずお話を申し上げて、自己紹介を致します。  一九二四年二月二十九日閏年生まれの78歳。4年に一度の誕生日だと19歳。未成年なのでお酒や煙草はまだできません。そのうち成人式の知らせが来るのかもしれない。名前は、『神永守』お札みたいな名前です。  
 私は60年教師をやっておりますが、実は不純な動機で始めました。大連で育った私は船乗りになりたくて、東京の深川にある高等商船学校を受験しました。ですが、英語の試験で落ちてしまったのです。落ち込んでいると、近所の小学校から『代用教員』を頼まれまして、17歳からやりました。本当にうれしかった。  
 やがて兵隊に入って、絞られて『人間魚雷』アメリカのテロのように自爆する兵器にだったらしいが、それもなく、生きて帰ってきて、再び教師になりました。
 戦争中よりもひどい時代で、ある時、階段の下に昼休みが来るのを待っている子供達がいました。なぜだろうって、思ったら、家に帰っても昼飯が食べられないからなのです。これはいけないと思いまして、私の『ドカベン』を一口でも食べられるようにと、ぎゅうぎゅう詰めにしたりしました。そういう時代でした。
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【言葉は人を育てる】
 ところが、今は食べるものも、着るものも、不自由しなくなりました。そういう時代で、国語の教師として、一番心配していることがある。それは『失われた日本語を求めて』最近は日本語が段々薄れてきている気がします。  
 私は日本人であり、国語の教師であるから『にっぽんご』ほど美しいものはない!  フランスでホテルへの帰り道が分からなくなったとき、英語で話しかけてもフランス語で返答してきた。フランス人は「フランス語の銀行がある」というぐらいフランス語を大事にしています。  
 それから、友人が北京できれいな日本語を聞いたというのです。日本ではなく中国で、中国人がきれいな日本語を話しているのです。その話を聞いて愕然とした。それほど、今の日本の言葉は美しいものが無くなっている!
 『言葉は心を育てる』と思います。たとえば悪態を吐く『バカヤロー』すると心が空っぽになる。相手に対してどんな事でも出来てしまう。戦争中『鬼畜米英』という言葉が流行りました。対してアメリカはその間、日本語を勉強していたのです。
 皆さん方『先生』は更新する必要のない『言葉の免許証』を持っています。ただ、磨きをかけないと、錆びてしまいます。 定年後に「死ねというから死にます」自殺した中2の男子の遺書。それを見たときびっくりした。これは大変なことです。『言葉』というものがいかに大切であるかということを、このときにはっきりと思いました。
 『言葉』は女性から、ずっと続いてくるそうです。それゆえ、『母国語』と言います。言葉というのは相手に通じなければならない。つまり『工夫』しなければならない。偶々電車に乗ったときに、若いお母さんが、女の子を連れて乗ってきた。女の子は直ぐ靴のまま、座席に上がろうとした。大抵は「〇〇ちゃん、そんなことをしたら車掌さんに怒られるわよ」というのが関の山でしょう。そのお母さんは何て言ったか「〇〇ちゃん、くっくをぬげば、おんもが良く見えるわよ」これは本当に見事!
 話は飛びますが『仲良し』というのはないと思います。子供が仲良しなのは知性が発達していないからで、大人はそうはいきません。じゃあ、どういうことなのかというと『言葉で分かり合える』これなのです!つまり、言葉というのは『心と心を結ぶパイプ』だと思います。
 私は皆さんに話そうと思って来ていません。皆さんに私の拙い話をお聞き頂こうかと思って、この壇へ上がっております。 言葉は『工夫』しなければならない、美しくなければならない。『美しい言葉』というものは『信と友情』というものを育てるからです。
 去年の暮れに私は一人の友人を失いました。本当に悲しかった。一人泣きました。とっても、奥さん思いの人で、早速、奥さんにこんな手紙を出しました。「生涯とは、追憶の広さでその価値が決まる」分かってくれたかな、と思います。
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【教師の一言・・・】
 これから二人のことを話します。何か参考になるかと思って。一人は武田という男です ある時、家に訪ねて来て、新聞記者をやっていると言う。「どうしてか?」と聞くから「知らない」と答えた。教師というのは何にも知らない。担任はしていたけれど。武田は「神永先生が言ったじゃないか!」二者面接のときに「武田、お前新聞記者に向いているな」って言ったそうです。忘れちゃった!でも、武田は覚えていて、ある新聞社の支局長をやっています。もし、その一言がなかったら、つまり、教師の吐く一言というのが、その子供を生かすか、どうするかに関わることになるのです。
 子ども達の鯉のぼりの鉛筆画を絵の先生に観て貰ったときのことです。私は「誰が一番上手いですか?」と聞きました。私は内心、展覧会で賞を貰う上手な子を誉めるだろう、と思っていました。ところが、誉めた絵というのが、画用紙は縦で、ポールは上がない、下がない!鯉は一匹、半分無い!内心不服な私に「よく見ろ、ポールは空へ伸びている。下も地面まで届かないが、伸びている。鯉だって、半分はずうっと…この子の絵には広がりがある!」この子は、飯沼という喧嘩をよくする子でした。翌日「飯沼君、絵の先生に君の絵が一番上手いって言われたよ!」と言うと、恥ずかしそうにしていました。結果どうなったか。翌日から飯沼の喧嘩がやんだ!そして、絵がぐんぐん伸びてきた!もし、「飯沼君、何だよこの絵!」と言っていたら、飯沼の喧嘩は続いただろう。そして、絵も伸びなかっただろうと思う。つまり、教師の一言というものは、受け持っていた子供を伸ばすか、駄目にするか!それを云いたいのです。
 女性は『美しい言葉』を使って、それを磨くには、どうしたらいいかと言うと、本を読むことをお勧めします。実は、皆さんは古めかしい本ではなく、生きた活字を読んでいます。子供が判るという事は、子供の心を読むことなのです。そのために、単眼ではなく、トンボの目『複眼』でなければならない。いろんな角度で見えるということです。そして、心が清純で澄んでなければなりません。
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【詩情・・・】
 『教育の原点』とは『詩情』である。詩を詠うこととは、すなわち、見事にものを捉える心である。私は子どもの心に植え付けるのは『詩情』でなければいけない。それをするのは皆さんです。座談会で新任の先生が「教諭になって、街の看板をよく見るようになり、壁面にどう生かそうかやってみます」これです『詩情』とは!
 「子どもは変わりましたか」と良く聞かれます。私は「子どもは変わっていない」と答えます。その証拠を皆さんに申し上げます。これから小学校で話した童話をやりますが、その童話が、どんな影響を及ぼしたかってことを、お分かり頂きたいと思います。
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【マンゴーの木】
《大きな大きなガンジス川の上流のそのまた上流に、大きなマンゴーの木があります。たくさんのマンゴーの実!そして、一匹の母猿と99匹の子猿が仲良く住んでいました。
 ある日、子猿達は鬼ごっこで遊んでいました。しかし、一番上のお兄さん猿が行ってはいけない「一本の枝」に行ってしまったのです!横に伸びたその枝の先にはマンゴーの実が付いていて、その下に流れるガンジス川に落ちてしまったのです。「大変!」お母さんが叫びました。「川の下に住む人間達がやって来て、お前たちを捕まえてしまう!」子猿達は「どうしたらいいの、お母さん!」母猿は「枝の影に隠れなさい、どんなことがあっても、顔を出したり、体を出したりしてはいけないよ!」と言いました。  
 やって来たのは川下の王様とたくさんの家来たち。「王様、素敵なマンゴーがたくさんなっていますね」弓の名人が弓を射ます。すると、マンゴーの実が落ちました。王様は喜びました。
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【生け捕りにしよう!】
 ところが、猿達は大変です。矢が顔の前や尻尾の間に飛んできて、生きた心地がしません。とうとう、顔や体を出してしまいました。すると家来が「王様、猿もいます!」と言いました。王様は「夜になったら降りてきて、水を飲むに違いない。来たら猿も生け捕りにしよう」と言いました。
 さあ大変、どうしたものか!母猿は子猿達に言いました。「お母さんの言うことを良く守ってね」母猿は横に伸びた枝へ歩いていったのです。「お母さん!」母猿は返事もせずに、その枝の先に自分の尻尾を巻き付け、川の向こうの風に揺れる竹やぶに手を伸ばし、やっとの思いで竹を掴みました。マンゴーの枝、お母さんの体、竹…ガンジス川にそんな橋ができました。「さあお前たち、早くお母さんを渡って竹やぶへ!」1匹、2匹、3匹…やがてお母さんの手から、尻尾から、血が流れてきました。それでも、しっかりと握り締めました。…98匹、99匹目のときです。お兄さん猿が言いました「僕が悪いんだ、僕が変わるからお母さんは竹やぶへ逃げて下さい」と言いました。母猿は「何を言うの!お前も逃げて!」お兄さん猿はしょうしょうと渡っていきました。「お母さん、皆逃げたよ」小さい声で子猿達が騒ぐと、母猿は「そ、良かった、良かった」と言ったとたん!母猿の握っていた力は弱まり、そのままガンジス川へ落っこちた!「あっ!」子猿達以上の大きな声で王様達は叫びました。早速、泳ぎの名人が母猿を助けました。母猿は無事でした。
 王様はマンゴーの木の場所に「このマンゴーの木は99匹の子猿と1匹の母猿の物である!誰もこのマンゴーの木を犯してはいけない。」と記した看板を建てて、王様達は帰っていきました。》
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【子どもは変わっていない・・・】
 この話をしたんですね。5年6年生ならともかく、1年生でも分かってくれたんですね。何が変わったか、変わっていないか、これでお分かり頂きたいと思います。子供は変わってないんです。しっかりこっちが話をしてやれば、子供達は受けるんです。それには『詩情』が大切なんです。
 昨年、60歳過ぎの卒業生の前で頼まれて、マンゴーの木の話をしました。酒に酔っていながら、きちんと聞いてくれました。これは嬉しかった。つまり話すときにはしっかりと、自分の心をぶちまけて話す。それが大事ではないかと思います。
 私には3人の先生がいます。皆さんは何人お持ちですか?そのうちの一人の先生がこんな色紙を贈ってくれました。「神永、お前は舞台の人間じゃない、舞台裏の人間だ。だから、裏方ゆえ、一瞬間も油断できない!」そして、遺言みたいに「神永、教育の世界から離れるなよ」だから78歳までやっているのか知りませんけど。
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【私のモットー】
 ある集会で「先生のモットーは何ですか?」と聞かれた。大変な質問です。英語で「Life is empty dream Life is real Life is earnest」この3つが私のモットーなんです。「人生とは空ではない、人生とは真実である、人生とは情熱である」そんなことを私は答えました。
 最後に「一隅を照らす者は、これ世の宝なり」最澄の言葉です。つまり、どういうことか、松戸には私立の幼稚園が40園ある。その一つ一つの園には園の子を育てる目的がある。その目的に添って皆さん一人一人が一生懸命努力しておられる。つまりそれは何かというと、照らす宝なんですよね。私が言いたいのは、その宝が40園一緒になって40の宝になって、松戸の私立幼稚園の宝になってほしい、そう思います。
 以上で今日の私の『お願い』ということ。話したいことは一杯あるんですが、大分省略しました。本当にありがとうございました。
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